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多問医生(DUOWENYISHENG)
多問医生(DUOWENYISHENG)は、22年5月設立の中国スタートアップ企業で、セカンドオピニオン(患者が納得・安心して治療法を選択するために、診断や治療法について、現在の主治医以外の医師の意見を求めること)を提供するアプリを手掛ける。同社はただ他の医師をマッチングし、セカンドオピニオンを提供するだけでなく、AIで医師のセカンドオピニオンの効率的な提供を支援しているところが特徴だ。同社は23年3月29日にシードで資金調達に成功した(金額は非公開)。今回の投資では、オンライン学習、製品開発、運営、サービスをまとめて手掛ける新型教育企業「遠程教育集団」などが参加している。
【プロダクト】
多問医生のセカンドオピニオンサービスにおけるAIの応用としては、具体的にはGPT(Generative Pre-trained Transformer、Web上の大量のデータをもとに学習する文章生成言語モデル)などの大規模言語モデルを活用し、セカンドオピニオンの診断書をAIが作成。そしてそれを医師に提供し、医師はそれと自身の診断と照らし合わせる。つまり、主な用途は医師の作業効率化であり、AIはあくまで医師の補助役を務めるという位置づけだ。
そして、患者側からの初診時の診断情報の医師への提供もスマートに行う。患者は、初診時の診断書をアプリ上にアップロードでき、NLP(自然言語処理)による対話技術や認識率が高いOCR(光学式文字読み取り装置)技術などで情報を整理。そして、その情報を米オープンAIの対話型AI「ChatGPT(チャットGPT)」やその他の大規模モデルのAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェイス)と自社のセカンドオピニオンのAIモデルと連携させる。これにより、治療計画やリスク予測、患者に向けた医療面の教育、そしてその他病院・クリニックの推薦紹介などを含むオンラインでのセカンドオピニオンを生成することができる。
多問医生アプリのユーザーインターフェイス
(画像は多問医生のニュースリリースから)
加えて、注目したいのは、多問医生はオンラインで事業展開をするのみならず、オフライン診療所での実装も視野に入れていることだ。同社は、国内初のセカンドオピニオンクリニックの建設を準備中。そのビジネスモデルは、中国のEC大手「拼多多(Pinduoduo)」と類似しており、ソーシャルネットワークの要素を入れた共同診療の概念を採用している。
多問医生のセカンドオピニオンクリニックのイメージ図
(画像は多問医生のニュースリリースから)
霊動音科技(DeepMusic)
霊動音科技(DeepMusic)は、18年2月に設立された中国スタートアップ企業で、国内初のAIGC(AI生成コンテンツ)機能をベースにした音楽エンジンを構築し、あらゆる音楽関係者が実際に使用するシーンへのAI音楽技術の導入とその製品化に注力している。同社は23年4月3日にシリーズA+で千万ドル近く(数億円)の資金調達に成功した。今回の投資では、米大手VC「紀源資本(GGV Capital)」、米シリコンバレーで初めてのIT大手企業の中国人経営者が共同で運営するVC「豊元創投(Amino Capital)」、投資銀行のFA(財務アドバイザー)機関「一苇資本(I&R CAPITAL)」が参加している。
【プロダクト】
霊動音科技は、AIによる楽曲の編集・録音・ミキシング技術で音楽制作のハードルの高さを下げ、かつ効率化することに注力し、音楽業界に新しい体験とソリューションを提供しようとしている。同社は過去数年、大量のオーディオファイルを分析し、楽曲の中の1小節ごとにどのような音程、コード、パッセージなどの音楽記号が使われているかを研究してきた。
加えて、AI識別および人為的なデータラベリングの技術を組み合わせることで、2万曲以上の楽曲情報を、AIモデルのトレーニングに使用できるようなC-POP(中華圏の大衆音楽の総称)音楽データセットに転換できる。これにより、楽曲の認識精度を90%以上に向上することが可能だ。
霊動音科技の製品群には、BGMのクイック生成やスマート加工処理ができる「BGMCAT」とAIGCによる歌詞生成が可能な「LYRICA」などがある。また、音楽制作と音楽メタバースの融合を実現しているアプリ「口袋楽隊」では、ユーザーはゲーム感覚で作曲、編集、録音、ミキシングなどをアプリ上で行うことができ、音楽を専門としない人々でも気楽に作品を制作できるようになっている。
アプリ「口袋楽隊」のUI(ユーザーインターフェース)
(画像は霊動音科技のニュースリリースから)
注目したいのは、テンセント傘下のオンラインカラオケアプリ「全民K歌」と既に多くの提携を実施していることだ。霊動音科技は、例えば既存の楽曲をワンクリックで別のスタイルにリミックスする機能を同アプリ内でリリースし、ユーザーにより豊かなコンテンツ表現空間を提供している。本技術は、既に数千万人の全民K歌ユーザーによって使用され、3億回以上の利用を記録している。
中国の大手オンラインカラオケアプリ「全民K歌」
(画像はネットの公開情報から)
茵塞普科技(INSPRO)
茵塞普科技(INSPRO)は、21年12月設立の中国スタートアップ企業で、昆虫の生体変換、運動制御、環境制御およびAIアルゴリズムなどの技術を駆使して、有機廃棄物の資源化やたんぱく質の供給不足などの社会問題を体系的に解決することに尽力している。同社は23年4月10日にシリーズPre-Aで2000万元(約3億9000万円)の資金調達に成功した。
今回の投資では、中国ドローン大手「大疆(DJI)」創業中心メンバー兼香港科学技術大学電子工学科の李澤湘(リー・ザーシャン)教授などが主導する共同ファンド「清水湾基金」、運動制御とスマート製造のコア技術開発に特化したハイテク企業「固高科技(GOOGOLTECH)」、中国国内におけるエコロジー・環境産業の総合サービス企業「博成生態(BOCHENGSHENGTAI)」が参加している。
【プロダクト】
茵塞普科技は、食品ロスや生ごみなどの食品廃棄物を栄養源としても発育できる昆虫「アメリカミズアブ」の商業的繁殖を目的とした「施設化有機固体廃棄物の昆虫生物転換システム(Industrialized Insect-based Bioconversion System)」とバイオテクノロジーを利用したアメリカミズアブの商業化応用という2つの中核となる技術力を持つ。
上記のアメリカミズアブの繁殖を目的とした昆虫生物転換システムは、スマート養殖工場と可視化ソフトウエアを通じて、アメリカミズアブの全ライフサイクルの管理、全環境における自動制御、そして全過程無公害処理および360度のAR点検などを実現。これにより、昆虫繁殖の工業化、標準化そしてモジュール化を独自に形成している。
アメリカミズアブの商業化応用については、原料の前処理を行う微生物技術やアメリカミズアブ育種(非遺伝子組み換え)技術を利用し、アメリカミズアブの栄養要求分析や疾病管理、そして製品の再加工などに対応したバイオテクノロジーシステムを駆使することで、有機廃棄物処理プロジェクトに対して技術提供を行っている。
茵塞普科技(INSPRO)の有機固体廃棄物の昆虫生物転換システム
(画像は茵塞普科技のニュースリリースから)
注目したいのは、茵塞普科技がアメリカミズアブの商業化応用を迅速に進めているところだ。同社は既に、香港、マカオと広東省を巨大な経済圏に見立てて連携を深める「粤港澳大湾区(グレーターベイエリア)」に1200万元(約2億3400万円)以上を投資し、同地域に産業実証基地を建設し始めている。
既に完了しているプロジェクト第1期では、アメリカミズアブ繁殖センターや有機固体廃棄物の昆虫生物転換センター、商業化加工センター、そして循環農業ショールームなどを設営し、1日に20トンの食品廃棄物を処理できる能力を保有している。プロジェクト第2期は現在、建設中の段階で、完了時には1日50トンの食品廃棄物処理能力および1年あたり3600トンの昆虫繁殖能力を保有することになる予定だ。
茵塞普科技(INSPRO)が粤港澳大湾区に拠点を置く産業実証基地の様子
(画像は茵塞普科技のニュースリリースから)
中科宇航(CAS SPACE)
【会社概要】
中科宇航(CAS SPACE)は18年12月設立の中国スタートアップ企業で、連続して打ち上げできる輸送ロケットの開発、カスタマイズした宇宙船の打ち上げ、宇宙との「境界」とされる高度約100キロメートルを飛ぶ準軌道(サブオービタル)宇宙旅行などの事業を行っている。同社は、23年4月23日にシリーズC+で5億元(約975億円)の資金調達に成功した。今回の投資では、中国科学院と国家経済委員会が共同設立したプライベートエクイティ(PE)ファンド「国科投資(CASIM)」と、広州初の国有資本投資・運用プラットフォーム「広州産投(Guangzhou Industrial Investment Fund Management)」、国科控股(CAS Holdings)が主導し設立した投資プラットフォーム「中科院資本(CAS Capital)」が参加している。
【プロダクト】
中科宇航は、中国科学院力学研究所が支援・育成した国内初の「混合所有制」企業(国有資本、集団資本といった公的資本と民間資本、外国資本といった非公的資本の共同出資によって形成される新しい形態の企業)だ。同社のチームは、大型固体ロケットの全体最適化、設計および試験技術などの領域で、国内で初めて使用された13個の技術を含む重要な科学技術を今後も発展させる突破口を見いだしている。
22年7月27日には、輸送能力が最大の固体ロケット「力箭一号(Kinetica-1)」の打ち上げに成功。中小型衛星の打ち上げに適している同ロケットは、打ち上げ能力や軌道に乗る精度、設計の信頼性、発射効率、コストパフォーマンスなどの面で、世界中の固体ロケットの中でも指折りの性能を見せている。
「力箭一号」発射前の準備の様子
(画像は中科宇航のニュースリリースから)
注目したいのは、現在「力箭一号」ロケットが、飛行打ち上げサービスを開始していることだ。同社が開発している製品には、「力箭一号甲」、「力箭二号」、「力箭三号」、「力箭三号重型」、そして回収可能な科学実験プラットフォームなどが含まれており、23年には3回の打ち上げを予定している。
中科宇航は現在、中型・大型の液体ロケットや再利用型航空機の開発を強化している。今後は、高度な輸送能力・低コスト・高成功率などの核心的競争力を武器に、中国におけるロケット商業打ち上げサービスの主要サプライヤーになることを目指す。
中科宇航の製品ライン
(画像は中科宇航のニュースリリースから)
能量奇点(ENERGY SINGULARITY)
【会社概要】
能量奇点(ENERGY SINGULARITY)は21年6月設立の中国スタートアップ企業で、核融合設備の運用・制御ソフトウエアを研究開発し、商業発電が可能な高温超電導トカマク型(強力な磁場で核融合を起こす方式)装置とその操作・制御ソフトウエアシステムの開発に注力する。同社は23年4月28日にシリーズPre-Aで4億元(約78億円)の資金調達に成功した。
今回の投資では、中国モバイルゲーム大手「米哈游(miHoYo)」、新エネルギー・新材料・資源の再生利用などに焦点を当てるファンド管理企業「雲和方圓(YUNHE PARTNERS)」、PE米国投資ファンド「Enlightenment Capital」などが参加している。能量奇点は、今回の資金調達を受けて、主に完全高温超電導材料を用いた世界初の小型トカマク型実験装置の設計・開発と高性能核融合装置に使用できるマグネットシステムの開発を推進していく。
【プロダクト】
核融合とは、水素のような軽い原子核同士が融合し、ヘリウムなどの重い原子核に変わる反応で、少ない燃料から膨大なエネルギーを生み出すことが可能だ。核融合エネルギーは、理論上は無制限で、経済性にも優れ、計画的に開発を進められるうえ、環境負荷も少なく、高い安全性を備えるなど、多くの利点を持つ。現在の科学発展のレベルにおいて、人類が使いこなせる究極のエネルギー形態ともいわれている。
世界各国では、制御可能な核融合の研究に長期的な投資を行い、過去半世紀で100以上の制御核融合装置が構築された。中でもトカマク型装置は、その卓越した性能(「中心イオン温度」「閉じ込め時間」「中心イオン密度」の3つの数を掛け算した値である「核融合三重積」が、他の技術に比べて2~4桁高い)で際立っており、磁気閉じ込め核融合研究の主流技術となっている。
注目したいのは、能量奇点が立てている3段階の開発戦略だ。
能量奇点は第1段階において、自社開発のトカマク型装置「洪荒70」の設計と製造を計画している。23年第3四半期にはその最終組み立てを開始し、23年末には運転を開始する予定だ。その際、「洪荒70」は世界で初めて製造・運行開始に成功した、完全高温超電導トカマク型装置になり得る。
第2段階では、AI(人工知能)ベースのプラズマ運行制御システム「奇門システム」を独自開発する。能量奇点は、最初にこのシステムを「洪荒70」の運行制御に適用すると同時に、継続的な改良とアップデートを実施していく。
第3段階では、次世代の強磁場トカマク型装置に適用できるコア部品「経天磁体」の開発を開始する。総じて、今後の開発戦略は、商業発電の可能性を有する次世代型強磁場トカマク型装置の基礎を築くことになる。
完全高温超電導トカマク型装置「洪荒70」の概念図
(画像は能量奇点のニュースリリースから)
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